メッセージ欄
2008年5月の日記
▼ 2008/05/31(土) 生き残った写真屋さん
【2008_05】
たまに連絡してくる地方の写真屋さんは、富士のK嬢にはずいぶんお世話になったようです。このひと商売人ですから、大抵は景品や宣伝物のおねだりだったみたいですが、営業担当者で何ともならないことでも、K嬢に頼めばどこかで工面してくれたそうです。
そのK嬢が定年退職し、後に残った直販子会社も現地撤退で、さぞかしガッカリしていることでしょう。そういえば、元気がないのか、最近連絡がありませんね。無事に生き延びてくれていることを祈ります。
生き残った写真屋さんは、何らかの形で写真撮影に関係しています。物品販売と違って、撮影は利益率がいいですからね。売上が少なくても何とかやっていけるようです。
DPに代わる利益源は、写真撮影ということですかね。
写真のデジタル化で一気にリストラが進んだコマーシャル写真の分野では、ブライダルフォトに転進して生き延びた業者が多いようです。ただし、この分野ではハコ(式場)の利権が強くて、ピンハネがきついみたいで、皆さんピーピー言ってますね。
3割以上ピンハネされるハコもあるとか・・・
このピンハネを嫌って、新天地を求めて中国市場に進出する業者もいます。富裕層が急速に拡大する中国では、一攫千金の夢が渦巻いています。
でも、もともと華僑発祥の国ですから、日本国内よりももっとエグいハコが表われたりして・・・ スタジオ側が敗退しなければいいけどね。
DP主体の写真屋さんは、中国進出なんてことは、夢のまた夢です。銀塩材料の値上がりの波を乗り越えて、何とか生き残って欲しいと思います。
そのK嬢が定年退職し、後に残った直販子会社も現地撤退で、さぞかしガッカリしていることでしょう。そういえば、元気がないのか、最近連絡がありませんね。無事に生き延びてくれていることを祈ります。
生き残った写真屋さんは、何らかの形で写真撮影に関係しています。物品販売と違って、撮影は利益率がいいですからね。売上が少なくても何とかやっていけるようです。
DPに代わる利益源は、写真撮影ということですかね。
写真のデジタル化で一気にリストラが進んだコマーシャル写真の分野では、ブライダルフォトに転進して生き延びた業者が多いようです。ただし、この分野ではハコ(式場)の利権が強くて、ピンハネがきついみたいで、皆さんピーピー言ってますね。
3割以上ピンハネされるハコもあるとか・・・
このピンハネを嫌って、新天地を求めて中国市場に進出する業者もいます。富裕層が急速に拡大する中国では、一攫千金の夢が渦巻いています。
でも、もともと華僑発祥の国ですから、日本国内よりももっとエグいハコが表われたりして・・・ スタジオ側が敗退しなければいいけどね。
DP主体の写真屋さんは、中国進出なんてことは、夢のまた夢です。銀塩材料の値上がりの波を乗り越えて、何とか生き残って欲しいと思います。
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▼ 2008/05/30(金) 写真業界の崩壊
【2008_05】
とうとう富士フイルムの直販子会社=FICの地方拠点がなくなって、東京・大阪の2箇所を残すのみとなりました。これで写真業界一部上場企業の名古屋営業所(支店)は、キヤノンくらいになりました。
ニコンがサービスセンターだけ残していたり、タムロンが現地駐在員を置いていたりするくらいで、ほとんどが撤退です。
プリンターメーカーのノーリツ鋼機も22号線沿いから移転したみたいです。メンテは、ずいぶん前から自宅待機でしたから、広い事務所はもう必要ないしね。
かつては、名古屋商工会議所ビルの最上階全フロアを占めていた富士フイルムの写真部門が姿を消したのは、時代の流れの象徴のような気がします。
高校時代に駆り出されて参加した学生写真連盟の撮影会で、貸し出しのデモカメラを配っていたのは、富士フィルムのT氏でした。「おじちゃんがいいカメラを貸してあげるからね」といって宣伝していたのは、ナント!その後すぐに製造中止になったラピッドカメラでした。
コダックに対抗して出したカートリッジ式フィルムのカメラです。発売後まもなく製造中止になって回収した、いわくつきのカメラです。(学生だと思ってバカにして!)
フィルムを1本タダで付けてくれるといってましたが、誰も借りませんでしたね。でも、当時の富士フイルムは必死だったと思います。
富士のT氏は珍しく転勤もせず、名古屋現地で定年退職するまで、写真団体の面倒を見ていました。同じ世代の女子社員K嬢は、「影の所長」といわれるくらい古株で、生き字引的存在でした。
昔、大したことではなかったのですが、必要な資料があって、K嬢に頼んだことがあります。「私の力では何ともねぇ」というので、「アナタにできないことは所長に頼んでも無理だからもういいよ」というと、すぐにメールで届きました。さすが「影の所長」です。
そのK嬢が、定年後しばらくしてから事務所を尋ねたら、たまたま古参社員が誰もいなくて、「どちら様ですか?」と聞かれたそうです。FICは、解体された問屋やラボから来た「新米」社員の寄せ集めでしたからね。
その新米社員も誰もいなくなって、K嬢が尋ねる先はなくなってしまいました。寂しい話です。
ニコンがサービスセンターだけ残していたり、タムロンが現地駐在員を置いていたりするくらいで、ほとんどが撤退です。
プリンターメーカーのノーリツ鋼機も22号線沿いから移転したみたいです。メンテは、ずいぶん前から自宅待機でしたから、広い事務所はもう必要ないしね。
かつては、名古屋商工会議所ビルの最上階全フロアを占めていた富士フイルムの写真部門が姿を消したのは、時代の流れの象徴のような気がします。
高校時代に駆り出されて参加した学生写真連盟の撮影会で、貸し出しのデモカメラを配っていたのは、富士フィルムのT氏でした。「おじちゃんがいいカメラを貸してあげるからね」といって宣伝していたのは、ナント!その後すぐに製造中止になったラピッドカメラでした。
コダックに対抗して出したカートリッジ式フィルムのカメラです。発売後まもなく製造中止になって回収した、いわくつきのカメラです。(学生だと思ってバカにして!)
フィルムを1本タダで付けてくれるといってましたが、誰も借りませんでしたね。でも、当時の富士フイルムは必死だったと思います。
富士のT氏は珍しく転勤もせず、名古屋現地で定年退職するまで、写真団体の面倒を見ていました。同じ世代の女子社員K嬢は、「影の所長」といわれるくらい古株で、生き字引的存在でした。
昔、大したことではなかったのですが、必要な資料があって、K嬢に頼んだことがあります。「私の力では何ともねぇ」というので、「アナタにできないことは所長に頼んでも無理だからもういいよ」というと、すぐにメールで届きました。さすが「影の所長」です。
そのK嬢が、定年後しばらくしてから事務所を尋ねたら、たまたま古参社員が誰もいなくて、「どちら様ですか?」と聞かれたそうです。FICは、解体された問屋やラボから来た「新米」社員の寄せ集めでしたからね。
その新米社員も誰もいなくなって、K嬢が尋ねる先はなくなってしまいました。寂しい話です。
▼ 2008/05/29(木) アナログ機材の値上げ
【2008_05】
石油や大豆の高騰が社会全体の問題になっていますが、アナログ写真の機材・材料も値上げラッシュのようです。銀塩がらみの商品は、「社会全体」とはいえないけどね。
富士フイルムの直販子会社「富士フイルムイメージング」(FIC)の営業拠点が東京と大阪の2箇所に減って、いよいよ銀塩も終わりかな?と様子を窺っていたら、次々と値上げの発表です。
大判(シノゴ)用レンズが20-25%値上げになったと思ったら、7月以降には感材製品が10-20%値上がりしそうです。メーカーによれば、「写真印画紙などの感光材料製品」をワールドワイドで価格見直しをするそうです。
カラーペーパーは、標準価格のほかに対策費(値引)があったので、それもカットとなると、実際にはかなり大幅な値上げになりそうです。銀塩ペーパーが一番きれいで安い・・という言い方は、もうできなくなるかもしれませんね。
衰退傾向にある写真屋さんは大変ですね。泣き面に蜂です。
銀塩ペーパーは、すでに国内生産から海外生産にシフトしています。世界のどこかで集中的に製造することで、コストダウンを図ってきました。日本市場向けはオランダ工場製ですかね。中国製は、いわゆる外モノとして闇で流通しています。
ワールドワイドで見直すということは、正規流通品も外モノも値上げになるということでしょう。「富士極彩色」という裏印字のペーパーも、もうコストダウンの切り札ではなくなる時代がきたわけです。
値上げするということは、「いますぐにはやめない」ということです。しばらく続けるために価格を改定するわけですが、さらに需要が減った場合に再値上げして継続するか、いっそのことやめてしまうか・・どうなるんでしょうね。
婚礼写真の世界も巻き込んで、しばらく予断を許せない状況が続きそうです。
富士フイルムの直販子会社「富士フイルムイメージング」(FIC)の営業拠点が東京と大阪の2箇所に減って、いよいよ銀塩も終わりかな?と様子を窺っていたら、次々と値上げの発表です。
大判(シノゴ)用レンズが20-25%値上げになったと思ったら、7月以降には感材製品が10-20%値上がりしそうです。メーカーによれば、「写真印画紙などの感光材料製品」をワールドワイドで価格見直しをするそうです。
カラーペーパーは、標準価格のほかに対策費(値引)があったので、それもカットとなると、実際にはかなり大幅な値上げになりそうです。銀塩ペーパーが一番きれいで安い・・という言い方は、もうできなくなるかもしれませんね。
衰退傾向にある写真屋さんは大変ですね。泣き面に蜂です。
銀塩ペーパーは、すでに国内生産から海外生産にシフトしています。世界のどこかで集中的に製造することで、コストダウンを図ってきました。日本市場向けはオランダ工場製ですかね。中国製は、いわゆる外モノとして闇で流通しています。
ワールドワイドで見直すということは、正規流通品も外モノも値上げになるということでしょう。「富士極彩色」という裏印字のペーパーも、もうコストダウンの切り札ではなくなる時代がきたわけです。
値上げするということは、「いますぐにはやめない」ということです。しばらく続けるために価格を改定するわけですが、さらに需要が減った場合に再値上げして継続するか、いっそのことやめてしまうか・・どうなるんでしょうね。
婚礼写真の世界も巻き込んで、しばらく予断を許せない状況が続きそうです。
▼ 2008/05/28(水) ニコンの外注ブランド
【2008_05】
このブログで「ニコンは頭が硬い」と何度も指摘しましたが、事情通ならよくおわかりだと思います。
「酸化セリウム」の先生のところにころがっていたNikomat ELは、往年のニコンファンには特別な意味のあるカメラです。
自社生産が当然と思われていた精密加工業界で、ニコンが自社生産したカメラにはNikon、外注生産品にはNikomat(ニコマート)のブランドが使われていたことは、有名な話です。普及機のNikomatは、発売元がニコンというだけで外注品でした。
この原則を撤廃したのがEL2からです。ペンタプリズムのヘッドには「Nikon」のブランドが刻まれていました。
先生のNikomat ELは、初期モデルですね。電子部品の耐用年数からして、もう寿命のはずですが、まだ動いています。先生も「さすがニコンだ!」なんて感心してました。
レンズは、Nikkor(ニッコール)ブランドが自社生産品です。外注品には、Nikon Lensといった別の名称がつけられています。「Nikon Lens シリーズE」なんてのもありましたね。Wズームキット用の廉価版レンズです。
自動焦点・自動巻きのコンパクトカメラが全盛を迎えたころには、ニコンもピカイチの愛称で何機種か発売しました。日東光学が生産を担当していたと思います。オリンパスも日東光学でしたね。
カメラにはNikonの文字が入ってましたが、レンズにはNikon Lensの刻印が打たれていました。日東光学といえば、コミナーのブランドで交換レンズを出していたこともある技術力のある下請メーカーです。
ニコンの検査基準の厳しさからみて、信頼できる出来栄えだったと思います。
こうしたレアな情報を知らないユーザーは、「自分はニコンのコンパクトカメラを持っている」という優越感に浸っていたと思います。他社よりもいくらか割高だったので、ブランド代を払って購入していたことになります。
NikkorでもNikon Lensでも、よく写れば区別する必要はないと思いますが、ニコン製だと思い込んで高いお金を払ったとすると、ちょっとね・・・
デジタルカメラは、家電製品と同じで、すべて自社で賄うことはできません。CCDがどこどこ製だなんてことを問題にしてたら、購入するカメラは限られます。
外注品かどうかを区別する意味は、もうありませんね。
「酸化セリウム」の先生のところにころがっていたNikomat ELは、往年のニコンファンには特別な意味のあるカメラです。
自社生産が当然と思われていた精密加工業界で、ニコンが自社生産したカメラにはNikon、外注生産品にはNikomat(ニコマート)のブランドが使われていたことは、有名な話です。普及機のNikomatは、発売元がニコンというだけで外注品でした。
この原則を撤廃したのがEL2からです。ペンタプリズムのヘッドには「Nikon」のブランドが刻まれていました。
先生のNikomat ELは、初期モデルですね。電子部品の耐用年数からして、もう寿命のはずですが、まだ動いています。先生も「さすがニコンだ!」なんて感心してました。
レンズは、Nikkor(ニッコール)ブランドが自社生産品です。外注品には、Nikon Lensといった別の名称がつけられています。「Nikon Lens シリーズE」なんてのもありましたね。Wズームキット用の廉価版レンズです。
自動焦点・自動巻きのコンパクトカメラが全盛を迎えたころには、ニコンもピカイチの愛称で何機種か発売しました。日東光学が生産を担当していたと思います。オリンパスも日東光学でしたね。
カメラにはNikonの文字が入ってましたが、レンズにはNikon Lensの刻印が打たれていました。日東光学といえば、コミナーのブランドで交換レンズを出していたこともある技術力のある下請メーカーです。
ニコンの検査基準の厳しさからみて、信頼できる出来栄えだったと思います。
こうしたレアな情報を知らないユーザーは、「自分はニコンのコンパクトカメラを持っている」という優越感に浸っていたと思います。他社よりもいくらか割高だったので、ブランド代を払って購入していたことになります。
NikkorでもNikon Lensでも、よく写れば区別する必要はないと思いますが、ニコン製だと思い込んで高いお金を払ったとすると、ちょっとね・・・
デジタルカメラは、家電製品と同じで、すべて自社で賄うことはできません。CCDがどこどこ製だなんてことを問題にしてたら、購入するカメラは限られます。
外注品かどうかを区別する意味は、もうありませんね。
▼ 2008/05/27(火) ニコン神話
【2008_05】
戦後カメラ史でニコンブランドは特別な意味を持っています。
もともと三菱系の精密工業の会社で、戦前は戦艦などの大砲の測距儀や双眼鏡を作っていました。カメラメーカーとしては無名に近い存在でしたが、朝鮮戦争で使われたニコンSシリーズの写真が、アメリカの報道誌に掲載され、その切れ味と描写力が注目されました。
モノクロ全盛時代の話です。
ニコンブランドは、レンズのブランド=ニッコール(Nikkor)が牽引役となって浸透していきます。一時は、現像タンクで有名なナイコールから類似ブランドだとクレームがついたこともあったようです。
当時は、日本光学(にっぽんこうがく)という社名でした。
日本は「にほん」か「にっぽん」か・・という論議がされた時代がありました。正式には「にっぽん」だ、ということに落ち着いたようですが、その当時、ニコンに電話して「ニホン光学さんですか?」というと、「いえ!ニッポン光学です!」という返事が返ってきたことを覚えています。
頭の硬そうな会社です。
社風も堅いメーカーですが、権威には弱い会社でしたね。
手元にあるNikon F2は、結納返しで義父から贈られたカメラです。保証書には当時義父が勤めていた〇日新聞社の社名が肩書きに入っていました。修理に持っていくときには、期限切れでもさりげなく一緒に付けて出したものです。
待遇が一般のひととは全然違いましたね。VIP待遇です。
こういう話は、例の「酸化セリウム」の先生も言ってましたね。
若いアシスタントにF3の修理を持たせたら、けんもほろろの扱いだったそうです。プロならではの微妙な調整だったので、そこまで面倒を見れない!といったことだったようです。頭にきて、知り合いの新聞社の部長に電話を入れてもらってから行ったら、平身低頭で対応がまったく違ったそうです。
「できるんなら最初からちゃんとやれ!」と息巻いてましたね。
企業は人なり・・というように、生身の人間がやることですから、奢りや間違いはつきものです。〇〇タックスみたいに、ちょっと売れたら「後ろにつっかい棒をしてあげようか」と言いたくなるメーカーに比べれば、ニコンの人たちは堅物ではあるけど真面目で紳士でしたね。
つっかい棒が必要な彼のメーカーも、吸収合併でブランド名を残すのみです。
ニコンがんばれ! キ〇○ンには負けないでね。
もともと三菱系の精密工業の会社で、戦前は戦艦などの大砲の測距儀や双眼鏡を作っていました。カメラメーカーとしては無名に近い存在でしたが、朝鮮戦争で使われたニコンSシリーズの写真が、アメリカの報道誌に掲載され、その切れ味と描写力が注目されました。
モノクロ全盛時代の話です。
ニコンブランドは、レンズのブランド=ニッコール(Nikkor)が牽引役となって浸透していきます。一時は、現像タンクで有名なナイコールから類似ブランドだとクレームがついたこともあったようです。
当時は、日本光学(にっぽんこうがく)という社名でした。
日本は「にほん」か「にっぽん」か・・という論議がされた時代がありました。正式には「にっぽん」だ、ということに落ち着いたようですが、その当時、ニコンに電話して「ニホン光学さんですか?」というと、「いえ!ニッポン光学です!」という返事が返ってきたことを覚えています。
頭の硬そうな会社です。
社風も堅いメーカーですが、権威には弱い会社でしたね。
手元にあるNikon F2は、結納返しで義父から贈られたカメラです。保証書には当時義父が勤めていた〇日新聞社の社名が肩書きに入っていました。修理に持っていくときには、期限切れでもさりげなく一緒に付けて出したものです。
待遇が一般のひととは全然違いましたね。VIP待遇です。
こういう話は、例の「酸化セリウム」の先生も言ってましたね。
若いアシスタントにF3の修理を持たせたら、けんもほろろの扱いだったそうです。プロならではの微妙な調整だったので、そこまで面倒を見れない!といったことだったようです。頭にきて、知り合いの新聞社の部長に電話を入れてもらってから行ったら、平身低頭で対応がまったく違ったそうです。
「できるんなら最初からちゃんとやれ!」と息巻いてましたね。
企業は人なり・・というように、生身の人間がやることですから、奢りや間違いはつきものです。〇〇タックスみたいに、ちょっと売れたら「後ろにつっかい棒をしてあげようか」と言いたくなるメーカーに比べれば、ニコンの人たちは堅物ではあるけど真面目で紳士でしたね。
つっかい棒が必要な彼のメーカーも、吸収合併でブランド名を残すのみです。
ニコンがんばれ! キ〇○ンには負けないでね。
▼ 2008/05/26(月) ニコンFマウント
【2008_05】
酸化セリウムを入手した先生には、写真学校に行っている御曹司がいて、最近Canon EOS-1DからNikon D3に乗り換えたそうです。
先生本人は、デジタルカメラには全く興味がないので、Nikon F4からレンズ一式まで取られてしまったことを嘆いてました。机の上には、「人質」のEOS-1Dが虚しく転がってましたね。
D3と一緒に買ったニッコール14-24mm F2.8 EDズームは、かなりいいと言ってました。実勢価格で20万円以上しますからね。悪かったら泣きです。
もちろんフィルムでも写りますが、手元のF4やNikomat ELでは使えません。絞りリングがないからです。「絞りリングがないのはいかん!」とかいって怒ってましたが、最近発売のニッコールには絞りリングはありませんね。
ニコンはFマウントを変えずに進化してきました。スクリュー式のプラクチカマウントからバヨネット式のKマウントに変更したPENTAXや、MDマウントからαマウントに変えたMINOLTAのようなリスクを負わずにきました。
FDマウントからEOSマウントに変えたCanonは、右見て左見て青信号が点滅中に渡ったので、うまいことやりましたね。要領がいいというか、したたかというか、悪運の強いメーカーです。
マウント変更のリスクを負わなかった代わりに、ニコンのカメラとニッコールの間には、複雑な制約関係が残りました。はまるだけで使えない組み合わせがあります。
レンズにメーターカプラーの爪がないと使えないボディーは、ずいぶん昔の機種ですが、Ai以降のレンズでも対応しないボディーが増えました。AFボディーとAFレンズで、使えない組み合わせがあるのには戸惑いますね。
いっそのことマウントが変わって、はまらなければ割り切れるんですけどねぇ。それはワガママで贅沢な言い分ですかね。
先生本人は、デジタルカメラには全く興味がないので、Nikon F4からレンズ一式まで取られてしまったことを嘆いてました。机の上には、「人質」のEOS-1Dが虚しく転がってましたね。
D3と一緒に買ったニッコール14-24mm F2.8 EDズームは、かなりいいと言ってました。実勢価格で20万円以上しますからね。悪かったら泣きです。
もちろんフィルムでも写りますが、手元のF4やNikomat ELでは使えません。絞りリングがないからです。「絞りリングがないのはいかん!」とかいって怒ってましたが、最近発売のニッコールには絞りリングはありませんね。
ニコンはFマウントを変えずに進化してきました。スクリュー式のプラクチカマウントからバヨネット式のKマウントに変更したPENTAXや、MDマウントからαマウントに変えたMINOLTAのようなリスクを負わずにきました。
FDマウントからEOSマウントに変えたCanonは、右見て左見て青信号が点滅中に渡ったので、うまいことやりましたね。要領がいいというか、したたかというか、悪運の強いメーカーです。
マウント変更のリスクを負わなかった代わりに、ニコンのカメラとニッコールの間には、複雑な制約関係が残りました。はまるだけで使えない組み合わせがあります。
レンズにメーターカプラーの爪がないと使えないボディーは、ずいぶん昔の機種ですが、Ai以降のレンズでも対応しないボディーが増えました。AFボディーとAFレンズで、使えない組み合わせがあるのには戸惑いますね。
いっそのことマウントが変わって、はまらなければ割り切れるんですけどねぇ。それはワガママで贅沢な言い分ですかね。
▼ 2008/05/25(日) コンデンサーの研磨
【2008_05】
5月7日に話題にしたプロの先生の話。
引伸機のコンデンサーに傷があるので磨いて直す・・といってたので、もうそろそろ直ったころかな?と、先日顔を出してきました。まだでしたね。
10日以上も前に研磨剤が届いたという連絡があったのに、ずいぶんのんびりです。やっぱり、踏ん切りがつきませんかねぇ。研磨剤は、「たかはし天文台」からインターネット通販で買ったそうです。
箱の中身を見てみると、1500番の酸化セリウムから粗ずり用まで入っていて、ピッチの材料もセットになっていました。30cmの反射鏡を磨くキットなので、結構なボリュームです。
メモ書きが入っていて、「引伸機を直すそうですが私にはよくわかりません、頑張ってください」といった内容のコメントが書いてありました。変わったひとだと思われているようです。
普通のひとからみれば、天体望遠鏡の反射鏡を自分で磨こうというひとのほうが、変わってますけどね。
引伸ばしたモノクロプリントを見ると、確かにコンデンサーレンズの傷が出ています。点光源は、原板のホコリや傷が目立ちやすいとは聞いてましたが、コンデンサーの傷まで影響するんですね。
大して深い傷ではないので、全面を研磨し直す必要はないと思います。
「削り過ぎないようにキズの部分だけ研磨して・・」といった話をしてきましたが、過激な先生のことだから、どうですかね。少しで済めば、残った研磨剤が「凶器」になるし、全面研磨すれば収拾がつかなくなるかも知れないし・・・ 今後が思いやられます。
引伸機のコンデンサーに傷があるので磨いて直す・・といってたので、もうそろそろ直ったころかな?と、先日顔を出してきました。まだでしたね。
10日以上も前に研磨剤が届いたという連絡があったのに、ずいぶんのんびりです。やっぱり、踏ん切りがつきませんかねぇ。研磨剤は、「たかはし天文台」からインターネット通販で買ったそうです。
箱の中身を見てみると、1500番の酸化セリウムから粗ずり用まで入っていて、ピッチの材料もセットになっていました。30cmの反射鏡を磨くキットなので、結構なボリュームです。
メモ書きが入っていて、「引伸機を直すそうですが私にはよくわかりません、頑張ってください」といった内容のコメントが書いてありました。変わったひとだと思われているようです。
普通のひとからみれば、天体望遠鏡の反射鏡を自分で磨こうというひとのほうが、変わってますけどね。
引伸ばしたモノクロプリントを見ると、確かにコンデンサーレンズの傷が出ています。点光源は、原板のホコリや傷が目立ちやすいとは聞いてましたが、コンデンサーの傷まで影響するんですね。
大して深い傷ではないので、全面を研磨し直す必要はないと思います。
「削り過ぎないようにキズの部分だけ研磨して・・」といった話をしてきましたが、過激な先生のことだから、どうですかね。少しで済めば、残った研磨剤が「凶器」になるし、全面研磨すれば収拾がつかなくなるかも知れないし・・・ 今後が思いやられます。